摂食障害リアル克服体験談

今現在摂食障害で苦しんでいる方に向けて、克服者がどのように治っていったのか、そして今どのように生きているのか、たくさんの事例を紹介します。

【摂食障害】完璧主義と摂食障害

 

どうも、お久し振りです。ついに今年も、もう12月ですね。本当に早い。

 

さて、今日のテーマは「完璧主義」について。

摂食障害になる人は完璧主義、0か100かの思考、の人が多いといわれています。これは様々な書籍等でも言われていますし、実際、私が今までインタビューさせて頂いた方にも、自分の性格をそのように表現する方が多かったです。

そして、ご多分に漏れず、私も完璧主義なタイプです。(昔に比べれば、随分和らいでいますが)

 

この完璧主義が、摂食障害を治しにくいものにしている、かつ、治す上でキーポイントになってくるのかな、と思っています。

 

そこで、今回は

 

1.なぜ完璧主義な方が摂食障害に陥りやすいのか

2.摂食障害を治す上で完璧主義がどう弊害になるのか

3.果たして完璧主義は悪なのか

 

の三本立てで、ちょっと書いてみようかなと思います。

 

主に自分の経験をベースにして書くので、全ての人に当てはまるとは限らないと思います。一経験者の考えとして、軽い気持ちで読んでみてください。

 

 

1.なぜ完璧主義な方が摂食障害に陥りやすいのか

私は、小さい頃から、いつも自分で決めたことは何が何でも完璧にやりとおしたい、どうせやるなら100点を取りたいという気持ちを持っていました。小学校、中学校、高校のテストは99点でも不満足、100点じゃないと満足できませんでした。それでも、まあ、大抵のことはうまくいっていました。

 

私は、最初ダイエットから拒食になったのですが、その完璧主義的な思考をそのままダイエットにも当てはめてしまったのですね。何が何でも絶対に摂取カロリーを1000以下にしたい、何が何でも絶対に毎日30分走る、自分の思う完璧な毎日を過ごさなければ、気が済まず、それができないと自分を責めて、自分に鞭打って、余計に厳しいことをする、ということをしていました。完全なドMですね笑

そうするとどんどん完璧な自分を追い求めて、自分の体にも心にも無理なことをしていくんですよね。そして、その結果、体も心も壊れる。

 

また、過食、過食嘔吐の時は、毎日過食しないと決めて、でも、少しでも自分の規定以上のものを食べると(食べようと思ってなかったのに、食後にヨーグルトを食べてしまった、人から勧められてお土産を食べてしまったなど)、もう完璧じゃなくなるので、焦りと罪悪感で、過食が始まるということが度々ありました。今思えば、このときは、過食、過食嘔吐をすることで、ダメな自分を傷つける、自分に罰を与える、ということをしていたのかなと思います。

 

冷静に考えてみると、

 

完璧を目指す

→現実問題、そもそも完璧にできることは少ない

→完璧にできない自分を拒食や過食で罰する

→今度こそとまた完璧を目指し、より厳しいルールなどを自分に課す

→完璧にできない

→拒食や過食で自分を罰する

→無限ループ、どんどん悪化

 

ということが起きていたのかなと思います

 

完璧主義じゃない人であれば、

 

初めから完璧を目指さない

→現実問題、そもそも完璧にできることは少ない

→まあ、60%できたからいいやと考える

→次は70%くらいを目指そうと考える

→65%くらいしかできない

→まあ前回より5%できたからいいやと考える

→完璧には出来ないが、少しずつ良い方に改善されていく

 

という風になるので、自分を拒食や過食で罰する必要がないのかなと思います。

 

 

2.摂食障害を治す上で完璧主義がどう弊害になるのか

私は摂食障害を治そうと考えてたくさんのことをしてきました。でも、完璧主義的な治し方をしていた時は、何をしても全く上手くいきませんでした。

 

例えば、

明日から全部3食きちんとご飯食べようと決める、ルールを書き出す(食べるまで席を離れるの禁止など)

→朝昼は食べられたものの、やはり夜は怖くて食べられない

→今まで食べられなかった朝昼にきちんと食べられたということは大きな進歩であるのに、夜に食べられなかったことが気になり、また自分はダメだったと考える

 

お米怖いけど、3食米を食べよう

→少しは食べられたものの、どうしても少なくしてしまう

→食べられたという事実より、また減らしてしまったことが気になり、自分はダメだとなる

 

明日からもう絶対過食しない、過食したら1時間走ると決める

→結局過食してしまう

→自己嫌悪で動けない

 

摂食障害が治るまで、おしゃれしない、好きなものを買わない

→自分から楽しみを取り上げ、つらい、余計に過食が悪化

→自己嫌悪で、余計鬱になる

 

などなど、あげればきりがありません。

 

また、自分の思い描く治った姿も完璧を求めていた気もします。当時、自分で考えていた治った自分は、理想の体型になり、3食完璧な食事をして、完璧に毎日運動して、体に悪いといわれるものは一切食べないという姿でした。

でも、治った今、そんなことはありません。理想の体型になったわけではないし、食事が適当になることもあるし、運動も適当で、体に悪いと言われるものも食べることもあります。でも、私は治ったと胸を張って自信を持って言うことができます。

 

3.果たして完璧主義は悪なのか

上記のようなことを書くと、まるで完璧主義は今すぐに治すべきところ、排除するべきところと思うかもしれませんが、私はそうではないと思っています。むしろ、自分の完璧主義的なところは誇らしいなと思っています。

 

例えば、私は1つのことに集中し始めたら、誰よりも、他のことは全て放っておけるくらい、完璧にのめりこむことができます。のめりこんだものに関しては、もう非の打ち所がないくらいに、細かいところや、多様な視点から、考察して完成度を高めることができます。いつでも、自分を高めようと自然に思えるので、向上心を失うことはありません。

このように、完璧主義は自分の強みでもあります。

 

だから、よく、「摂食障害を治すためには、完璧主義をやめましょう」と言われるのは、完璧主義そのものが良いとか悪いとかの議論ではなく、ただ、摂食障害を治すという側面においては、完璧主義のやり方は合わないだけなんじゃないかなと思います。そこは、ちょっと自分の完璧主義を緩めたほうが、結果、上手くいく、早く抜け出せるよ、ってことなのかなと思います。完璧主義の使いどころを捉えて、使い分けるという感じなのかなと。

 

 

最後に

私も、いくら摂食障害を治すには完璧主義はよくない、と書籍等で書いてあっても、自分の完璧主義的なやり方を変えられず、それで治るはずと思っていました。でも、治りませんでした。余計に事態が悪化していました。そこで、完璧主義な自分をまた責めて、完璧主義を完全に排除しようとしたりもしました笑

 

だから、これを読んでいる人には、一克服者の話として、参考にしてちょっとでも頭の片隅においてほしいなと思います。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉がありますが、自分の経験上、本当にその通りだったなと思います。だからこそ、今苦しんでいる方には、自分のやり方に固執せず、克服者の経験や本で情報をとって、少しでも早くあの苦しみから抜け出してほしい。

 

私も、毎日上手くいかないことは沢山あります。「発表でうまくいかなかった」「講義でチキって発言できなかった」「レポートやろうと思っていたのに、遊んでしまった」「最近甘いもの食べすぎで控えようとおもっていたのに、今日もついおやつ食べちゃった」「バイトで作業に時間がかかりすぎたし、内容も薄かった」とか、数え上げればきりがありません。でも、本とか、上手くいっている人の声を聞いて、素直にやり方を変えてみると上手くいくことも多いです。

 

だから、摂食障害が治らないのも、努力が足りないのではなく、方法が違うだけかもしれません。食べられない、食べるのが止まらない、吐くのが止まらない、のは貴方が悪いわけではなく、今の完璧主義的な方法が違うだけ。だから、それを変えてみる、シンプルです。

 

もちろん、そんなこと言ったって、できないし、どうすればいいんだよーーと思う気持ちも本当によくよく分かりながら、書いています。

でも、頭の片隅に置くだけでもしておいて欲しいなと思います。そうすると、ふとした瞬間に、自分の中で繋がるときが来るかもしれません。

 

そして、私からのお願いはこの記事を読んだからといって完璧に自分に結果を求めたり、今すぐ完璧主義を緩められない自分を責めないでほしいです。

 

では、今日はこんなところで。

皆さん、良い週末をお過ごし下さいね^^