摂食障害リアル克服体験談

今現在摂食障害で苦しんでいる方に向けて、克服者がどのように治っていったのか、そして今どのように生きているのか、たくさんの事例を紹介します。

10.10年間の摂食障害、克服の一歩は他者に自分を表現することから(鈴木茜)

 

鈴木茜(25)

求人広告会社勤務

ライター兼デザイナー

 

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プロフィール

求人広告会社勤務、ライター兼デザイナー2年目。体調を崩し高校を中退後、チョークアートのプロ資格を取得。パン職人の修行後、大検を取り大学入学。学生時代には野菜から食を考える学生団体Mealinkの3代目代表を務め、現在もメンバーとして活動。趣味は旅と美術館めぐり(現在13ヵ国37都市+40都道府県)。

facebook

https://www.facebook.com/Atelier-Tobila-284926648244714/?__mref=message_bubble

【HP URL】

ateliertobila.wixsite.com

 

克服前

症状

拒食、非嘔吐過食、過食嘔吐、チューイング、鬱

 

ダイジェスト

期間

状態

15歳秋~17歳2月 (約2年5ヶ月)

拒食

17歳2月~17歳4月 (約3ヶ月)

非嘔吐過食

17歳4月~19歳4月 (約2年)

過食嘔吐・チューイング

19歳4月~20歳4月 (約1年)

過食嘔吐・拒食

20歳4月~25歳4月 (約5年)

ゆるい過食嘔吐

 

人生曲線

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原因、きっかけ

将来への迷い、ダイエット、完璧主義(0か100か)の性格、親に認められたい気持ちが重なった。

 

家庭環境

母、父、姉の4人家族。過保護で厳しい親。携帯電話はダメ、テレビは教育番組だけ、5時半の帰宅では遅い、外で友達と遊ぶのはダメ、など制限や禁止が多い。親はそれが愛情だと思っていた。

親同士の仲は普通。

 

学校環境

中学

成績はオール5の優等生タイプ。学級委員や吹奏楽部部長を務める。

引っ込み思案だったが次第に人をしきったり、まとめたりするのが得意になった。

 

高校

公立高校の普通科。進学校。面接だけで合格した。

勉強が自分のアイデンティティで、学年3番以内を死守。しかし、上位をキープするのが大変で、自分には勉強以外に何が得意かと常に考えていた。

外見に対して自信がなく、また優秀な人が多かったこともあり、自分より他者の意見を優先させるようになった。

吹奏楽部に入り、土日もよく活動していた。

 

性格

勤勉、完璧主義、0か100か、人を困らせたくない思いが強い、自分が我慢してみんなが笑顔のほうが楽、自分に厳しいため人にも厳しく思うことも多い。

 

ダイエット

高校で初めてダイエットをする。

きっかけは、いいなと思っていた男の子が「あの子、可愛いけど、足太いよね」と言っているのを聞き、顔だけじゃなくて体型も大事なのか、と思ったため。また、ミニスカートを可愛く履きたいという思いもあった。

主にカロリー制限と腹筋を行っていた。カロリーの上限が最初は1日800kcalだったのがだんだんエスカレートしていき200kcalくらいになった。0kcal食品や生野菜ばかり食べていた。

 

その他

進路への迷い

高校1年生から2年生に上がるタイミングで、進路選択をしなければならなかった。自分が将来何になるのかとても迷っていた。

 

克服中 

完治までのプロセス

拒食(約2年5ヶ月)→非嘔吐過食(約3ヶ月)→過食嘔吐・チューイング(約2年)→過食嘔吐・拒食(約1年)→ゆるい過食嘔吐(約5年)→治癒

 

15歳秋~17歳2月 (約2年5ヶ月) 

拒食(154cm 27kg)※3回入院(16歳春、16歳夏、17歳冬)

【入院前】

レトルトの200kcalのものを1日1個(1個を3回にわけて朝昼晩)

カロリーが書いていないものは食べられない

「メロンパン食べたい」が口癖だが、食べられない

人とのご飯も行くことができない

【入院①(16歳春)】

27kgになり、さすがにやばいと思い病院へ。しかし、どの病院でも面倒をみきれないと拒否された後、5件目で、即入院となる。

 

入院中は1日1600kcalの病院食を全部食べて、35kgにならないと退院できないと言われた。週に2度の朝一の身体計測はパンツと病院着以外身につけていないか、水を大量に隠れて飲んでいないか厳しくチェックされた。食事の前後で食べ物の量を量られ、食後30分はベットで待機。吐いていないか、捨てていないかゴミ箱チェックがあった。

移動は全て車イスで、30kgになるまで入浴も禁止だった。

同室の子は捨てるか吐いているのがわかり、辛かったが、退院するべくなんとか体重を増やし、1ヶ月で退院。

【入院②(16夏)】

1回目の退院後、毎日2、3時間ウォーキングを行い、すぐに5kg体重を落とす。また、うつ状態が続き自殺未遂。そのため、1回目に退院してから、わずか2週間後に2回目の入院となる。また1ヶ月で退院。

【入院②~③の間(半年間)】

2回目の退院後、また体重を落としてしまったが、入院したくなくて、自宅で過ごす。1日2~3時間のウォーキングなど、毎日同じ時間に同じ行動を行う。

 

食べ物を見るのが嫌で、母親が包丁で食材を切っている音さえ動悸がしたので自分で料理をするようになる。

 

インターネットの掲示板で「ステップあやさん」と出会い、カロリーだけじゃなく、栄養が大事だと教えてもらい、1日1600kcal以内で、たんぱく質や脂質を0.1まで計算して食べるようになる。自分のルールを守れば食べても良いと考えていた。

カロリーが書いていないものは食べられないので、外食は一切できなかった。また、家族と食べることはできずに、全部自分で用意して自室に篭って食べていた。

【入院③(17冬)】

12月にまた27kgになり入院。しかし、前の2回と違い、治したい気持ちが強かった。インターンで来ていた先生が「自分も昔拒食だったが治った」という話を聞き、自分も治るという希望を持つことができた。2月に退院。

運動

毎日、腹筋30回を1日3回

入院②~③の間は毎日2~3時間のウォーキング(雨の日も風の日も)

生活

【入院前】

平日は朝6時起床、7時登校。

昼休みは図書館にいる、部活して、8時くらいに帰宅。

土日は勉強。勉強中はブラックチョコレート2枚とか。カロリーが全てだったので栄養バランスは考えていなかった。

【入院中】

学校は休学。毎日同じ時間に同じことしかできない規則正しい生活。

便秘。(下剤を3日に1回規定量を飲んでいた)

40kgをきったあたりから生理が止まる。

一度座る立ち上がれない。体育はついていけずに見学。

常に寒い。(4月でも手袋をして、スカートの下にジャージを着る)

座っていると骨が当たって痛い。

血圧が低く、座っているのさえ辛い。横になっていたいが、カロリー消費するために無理に座る。

髪の毛が抜ける。毛深くなる。

肺や肝臓に水が溜まる。肝臓の値や白血球の値が悪い。

メンタル

【入院前】

ハイ状態。自分はダイエットしているだけで、病気ではないと思っていた。

【入院後】

勉強、部活、友だち、全てを失った。死にたい。家族さえ信じられない。友達いない。生きている意味ない。

手首を切ったり、飛び降りようとしたり、道端で飛び出したりしようと考える。食べるぐらいなら死ぬ。明日なんか来なきゃいいのに。外の世界を目に入れたくなく、ネットもテレビも見られない。

 

17歳2月~17歳の4月 (約3ヶ月)

非嘔吐過食(154cm 45kg)

3回目の退院後、とにかく治したかったため、食べ始める。

今までの反動で食べ始めたら止まらなかった。

 

とにかく食べる喜びを知り、今まで食べられなかったものを外食した。

 

家では、家族用と自分用のご飯を全て作っており、家族用は普通の定食で、自分用は野菜と買ってきたものなど。(甘いものとパン屋のパンが多い)

白米はあまり食べなかった。(太る、味がしない、入院の時に強制的に食べさせられたため)

 

胃に隙間ができたら、とにかく食べ、毎日2000kcal~4000kcal摂取していた。

家の中にあるもの全て食べてしまうため、お菓子以外にも、牛乳や砂糖の買い置きができなかった。

運動

1日1時間の散歩。毎日何かしらで外出。

生活

規則正しい。

朝7時に起きて、朝食、2時間ネット、1時間散歩、昼食、午後はネット、夕食、テレビ、ネット、就寝。

 

家の家事は全部やっていた。

 

ブログを始め、自分の食べたものなどを事細かに書き、いつのまにか1日1万PVの人気ブログとなった。とにかく誰かと繋がって、見てもらえることだけが嬉しかった。同じ病気の人と実際に会うこともあり、だんだん人と会えるように。しかし、みんな治したくても治らず、傷の舐め合いになってしまうことも多かった。

だるい。浮腫む。常に胃もたれ。

自分で脂肪が付いていく感じが分かる。

メンタル

精神的に不安定。死にたい。この先どうしよう。治したいけど、どう治したらいいか分からない。希望もなく、ただただ生きている。

味わってはいないが、美味しいものを食べたい気持ちはある。食べる喜びはある。(食べログや食レポのブログを見るのが好きだった)。

食費がかかり金銭感覚も狂っていた。

 

17歳4月~19歳4月 (約2年)

過食嘔吐・チューイング(154cm 52kg)

17歳4月に45kgになり、焦った。入院時代に他の患者さんから聞いたことやインターネットで吐き方を調べ、そこから吐くように。

外では吐けないので、家で過食嘔吐

 

【17歳4月~18歳4月(1年)】

3食プラスおやつなど、1日4回過食嘔吐

【18歳4月~19歳4月(1年)】

朝:野菜とヨーグルトやチーズ

昼:野菜とヨーグルトやチーズ

夜:野菜を食べた後に過食嘔吐

運動

していない。

生活

【17歳4月~18歳4月(1年)】

学校も引き続き休学しており、ブログの中でだけ生きている感じ。

【18歳4月~19歳11月(約7ヶ月)】

親もお金に余裕がなくなってきたのを感じ始め、バイトの面接をうけるが中卒だったこともあり立て続けに断られる。しかし、近所のパン屋に合格し朝4時起きで夕方18時まで週6日働く。

焼き手として店の3番手まで上り詰め、自分がいないと店が回らない状態にまでなる。

余ったパンはもらって帰り、過食嘔吐することもあった。

【19歳12月~19歳4月(約5ヶ月)】

周りはみんな青春していることと自分を比べ劣等感を感じ始める。自分を変えたいと思いパン屋のバイトを辞める。

 

高校も中退し、ニートとなる。

 

パン屋時代に看板を書いたことがきっかけで、チョークアート教室に通い始める。4人だけの少人数のクラスで、だんだん人と話せるようになってくる。

 

ベジタリアン食の存在を知り、体に悪いものは吐いて、良いものは入れようという気持ちになる。

浮腫んでパンパン。

吐いていても吐ききれず、体重は52kgまで増える。

体重も体力もあった。生理がもどった。

メンタル

今までで、1番最悪の状態。食べて吐くという罪悪感、自己嫌悪。

味わっておらず、吐くために食べている。麻薬みたいで、やめたいけどやめられない。生き地獄。死にたい。前より一層どうしていいか分からない。

 

19歳4月~20歳4月 (約1年)

過食嘔吐・拒食(154cm 38~48kg)

3食オートミールと野菜。

受験生なので食事に時間を取りたくなかった。

外部模試の時はベーグルと野菜ジュースだけ。

 

しかし、それだけでは爆発するので、3日に1回、計画的に過食嘔吐していた。

過食嘔吐の日は、普段食べられない甘いものや揚げ物を買いこんで食べ、午前の3時間だけ過食嘔吐し、午後から予備校に行っていた。

運動

予備校まで英語のリスニングをしながら、往復1時間歩く。

生活

就職するなら大学を出るしかないと考え、親にも相談し、4月に近所の予備校へ通い始める。偏差値は20台で絶望的。8月には大検を取得し、本格的に受験勉強に取り組む。

基本、毎日家と予備校の往復で、1日12時間~14時間勉強、6時間睡眠。遊びは月に2回ほどブログの友達と会うくらい。

どんどん偏差値は上がり、70台になり、1月に第一志望の大学に合格。

みるみる痩せていったため、体は快適。着られなかった服も着られるようになった。浮腫みやだるさも感じない。しかし、再び生理が止まった。

メンタル

ハイ状態。体型よりも勉強が大事だったため、そこまで体型にとらわれていない。

3月に東日本大震災があり、岩手に祖父母が住んでいたが、その時自分は過食嘔吐していた。後悔を覚え、病気でいるのがバカらしく感じる。

 

20歳4月~25歳4月 (約5年)

ゆるい過食嘔吐(154cm 45kg前後)

通常は3食食べる

朝:フルーツ

昼:自作の弁当 orパンと野菜ジュースなど

夜:友達や彼氏と外食 orバイトの空き時間に食べる

 

飲み会は元々嫌いだったため断っていたが、だんだん縛りが無くなり、肉でも何でも食べられるようになる。

 

ストレスのはけ口として、1週間に1,2回過食嘔吐していたが、前より軽くなっていた。帰宅後、親が寝静まった夜中や、社会人1年目は計画的に金曜夜や土日にやることが多かった。

運動

特にしていない。自宅から駅まで往復60分歩くくらい。

生活

【大学】

大学と食育団体Mealinkの活動で忙しい。勉強も遊びもしっかりやって、充実した大学生活。ブログをやめ、ブログ友達とも会わなくなる。

毎日外に出て誰かと会っており、外食も増える。

すきま時間さえあれば惣菜屋や派遣でバイト。

【社会人1年目】

平日は仕事(残業は月40h程度)。勉強することが多く忙しかった。

仕事は楽しかったが、完璧主義の自分に疲れ、ストレスはあった。

大学入学時38kg、在学中は45~6kg、社会人1年目は43kg。

自分では前より太って嫌だったが体力があり、よく動けていた。

普段だるさはなかったが、前日夜に過食嘔吐した翌日はだるかった。

43kgになったあたりで生理が戻った。

メンタル

治そうとはあんまり思っておらず、過食嘔吐でストレス解消していた。罪悪感はあったものの、しょうがないと思っていた。

時々すごくメンタル的にくる。不安定。しかし、心を許せる友達にすぐに言うようにしていたため、爆発することはなかった。

時々夜中に過食嘔吐したときは毎回死にたいと思っていた。

しかし、死にたいと言うと、彼氏や友達など、親以外の誰かに怒られるようになったことで、周りが悲しむことを知り、自分が強くならなきゃと思うようになる。

 

克服に一番有効だったこと

1.考え方を変えたこと

0か100、白か黒ではなく、グレーがあってもいいと思えるようになった。100%克服しなくても、80%できたら次に進んでいいと主治医に言われたことも大きい。

また、同時に0か100かの自分の性格も受け入れた。この性格の良いところ(責任感がある、期限を守る)に目を向け、全部を変えようとしなかった。

 

また、それまでは、治そう、前の状態に戻そうと思っていたが、前の自分と比較することをやめ、過去は関係なく新しい自分になろうと思った。

さらに、いつも自分と周りと比較していたのをやめようと思えるようになった。自分が気持ちいい、綺麗、美しいと感じることを大切にしていこうと思った。

 

2.助けてくれる人の存在に気付き、甘える

自分が気付かないだけで、どんな状況でも助けてくれる人は必ずどこかにいる。あとは、自分が甘えられるかどうか。

ずっと人に甘えることができずに、一人で治そうとしていたが、大学入学後、自分が弱みを見せたらアドバイスをくれる人がいた。弱みを見せていいこと、助けてくれる人がいることに気付くことができた。

 

また、自分を縛っているのは自分だけで、太っても細くても周りは変わらないし、細くなることを特に周りは望んでいないことに気付いた。

 

3. 同じ状況は長く続かないと悟った

振り返ってみれば、どんなに症状が酷くて、どん底にいても、常に変わりながら前に進んでいたことに気付く。

ずっと苦しい状況でも、しばらくすると、ぽっとやりたいことは沸いてきていた。(パン屋のバイト、予備校、就職活動)

ずっと悩んでいるだけに見えるけど、実は悩んだ先には、常に答えを自分で見つけてきていたから大丈夫と思えるようになった。

 

克服の転機となった出来事、重要だったこと

1.パン屋

高校休学中、3回目の退院後、パン屋でバイトを始める

学校以外で外と繋がり、社会に出るきっかけとなった。

やりがいはあったが、中卒で働く厳しさと、それは自分が将来本当にやりたいことじゃないと気付く。

もう一回学生に戻りたいと気付かせてくれた。

 

2.チョークアート

パン屋を辞め、高校も中退した後、チョークアート教室に通い始める。

自分を表現する喜びを知り、生きたい気持ちと表現したい気持ちって似ていると気づく。

もっと上手くなりたいと夢中になり、食や病気以外に目を向けられた。

また、教室で出会う人も色々な仕事(フラワーアレンジの講師、起業、フリーランスなど)をしており、学校へ行くことだけが社会のレールじゃないのだと実感した。

しかし同時に、自分の絵の実力の限界を知った。自分がいくら絵を描いても、買ってくれる人がいないと生計立てられないし、やはりもっと広い世界とたくさんの人に会うために大学へ行こうと思うようになった。

 

3.大学入学

生活ががらっと変わるきっかけになった。

入学前は、「自分はみんなより2年遅れているし、高校も中退していて友達もいないし。」と不安だったが、元来の社交的な性格のためか、不思議と友達が沢山できた。毎日色々な人と会い、世界が広がった。

 

4.食育団体Mealink

元々、大学受験前に、ベジタリアン食を少し試してみた時期があったことと、代表のもちゆかのブログを見ていたこともあり、大学に入ったら参加しようと思っていた。

メンバーは食の嗜好が似ているからか仲良くなりやすく、自分の病気のこともうちあけられた。自分が苦手なものはみんなも苦手であり、自然とみんなで外食するときもベジタリアン食になったので、居心地が良かった。人を次第に信じられるようになった。

 

また、大学3年生の時には、代表のもちゆかに勧められ、学生代表になった。

もちゆかは自身も摂食障害を経験しており、とても理解のある人で、病気を治すためにも代表をした方がいいと挑戦する場所を与えてくれた。

辛くて上手くいかないこともあったが、やりたいことを実現できる場所があること、厳しくても最後まで逃げずにやりきる力が自分にあること、助けてくれる仲間がいることに気付くことができた。

また、代表になったことで、他の団体や農家の方とのMTGなどで外食も増え、自分の中でだんだん食の縛りがなくなってきた。

 

5.彼氏の存在

それまでは自分の食のことが第一優先だったが、それよりも一緒にいる時間が大切だと思うようになり、食事へのこだわりが少なくなっていった。

自分のことを認めて、一番の味方になってくれ、食べても太ってもいいと思えるようになっていった。女性として自信がついた。

 

6.旅にはまった

美術オタク、地理オタクだったこともあり、大好きな絵を本物の場所で見てみたいと思うようになり、海外へ。(現在13ヵ国37都市+40都道府県を巡った)

実際に行ってみたら、言葉は通じないし、なんだか普段のくだらない悩みを忘れ、いかに1日を楽しむかしか考えなかった。

日本人は痩せてれば綺麗という風潮があるが、国によっては人柄がおおらかで、ストイックじゃない人が多かった。また国内でも地域によって違いがあり、都会にいると年収などで人を比べがちだが、田舎に行けば違う。自分の中で当たり前だった価値観がぶち壊され、「環境に自分を合わせなくていい」、「自分の中の勝手なルールに縛られなくてもいい」と思えるようになっていった。

 

また、最初は女子旅が好きだったけど、だんだん一人旅が好きになってきた。現地で気ままに誰かと話したり、気の向くままに自分の知らない場所に足を踏み入れたり。ヤミツキになった。

 

克服中に試したこと

効果的なものも、効果的じゃなかったものも

・カロリーではなく栄養バランスを気にする

・ブログを書く

・同じ病気で苦しむ人と会う

ベジタリアン

・本を読み漁る

・絵をかく

wiiを買い、ヨガをする

・アロマ

 

克服後

現在の生活 

(154cm 48~49kg)

非常にひどい(笑)

朝:フルーツとヨーグルト(500gまるごと…!) or ご飯に味噌汁

昼:同僚とランチ or スープにおにぎり2個orコンビニ弁当など

間:差し入れのお菓子(板チョコ1枚食べちゃうことも)

夜:22時くらいに、切った野菜や買ってきた惣菜、チーズなどを適当に。疲れていたらお酒も飲む

 

多分1日1500kcalとか2000kcalくらい

特に我慢することはないが、なるべく体にいいものを心がける程度

 

仕事でお昼が食べられないときもあるし、旅行の時は5食くらい食べるし、誘われれば夜にラーメンとかも食べる。

 

食事を考えている時間があまりなくなった。

自分のために手づくりしたいなとは思っているけどなかなか…笑

運動

したいけど、していない。たまに散歩やヨガ。

生活

2年目になり、希望部署に移る。

土日は料理教室開催の準備やMealinkの活動、映画、美術館など、誰かに会うことが多い。

休みが3日取れたら旅に出る。ゲストハウスが好き。

ずっとパソコンに向かっているので、コリや目の疲れ、肌荒れはあるが、病気の時に感じていたような体の不調はない。運動不足は感じるが…笑

メンタル

落ち込む時は死にたくなるほど落ち込むけど、一時的で、すぐに自分で切り替えられる(寝れば忘れる)。常に今が一番幸せと思っている。

 

ダイエット

着られない服が出てくると、ダイエットしなきゃやばいと思いつつ、していない。笑

普段の食生活が偏っているため、家では玄米にしたり、美容にいい酵素シロップを作ったりするくらい。

痩せるために生活していることはなく、痩せることは二の次で、太ってもしょうがないと思っている。

人間そう簡単には(健康的に)痩せないし、何事も健康ありきと思っている。

 

人生の捉え方

絶対と言い切れるものはない。しかし、どんな状況でも絶対自分を助けてくれる人はいるし、自分からこうしたいと思えば環境に飛び込めるし、変えようと思えば変えられる。どんなことも自分の心持ち次第。

嫌なものは嫌、好きなものは好きと、自分の価値観で、自然体で生きていきたい。

一度きりの人生だし、どうせ死ぬなら今笑っていようと思えるようになった。

人生は旅。直感を信じたいので、直感を磨くためには経験と知識が大切だと思う。だからこそ、知りたいことに貪欲に、常に勉強していきたいと思っている。

 

 

現在のお仕事・活動について

求人広告の会社でライター兼デザイナーをしている。

取材し、原稿を書き、動画、画像を作って、それが世の中に出される。

 

就職活動の時は、200社以上エントリーして半分以上落ち、周りがほぼ内定がでる中、なかなか決まらなかった。しかし、もう一回自己分析し直し、自分はニートやフリーターなど学歴にコンプレックスがある人が、もっと活躍できる社会を作りたいと思うようになった。また、自分の好きなデザインや制作のスキルを伸ばしたいと考えた。それまで、高校中退の過去などを隠して就活していたが、自分の過去を隠さずに就活し直し、合格率2%の商品開発部に受かった。自分の過去を話しても認めてもらうことができ嬉しかった。

 

2年目は憧れだった部署に移ることができ、より仕事が楽しい。

もちろんストレスもあるけど、勉強だと思って色々受け流す力も身についた。

どんな仕事にも魅力があるから、自分で楽しみを見出すようにしている。

 

病気であっても、自分のしたい仕事を諦める必要はない。しかし、給料をもらう以上、働くモラルは守るべきだと思っている。自分のためにも、やるべきことはやる、夜の過食嘔吐で朝起きられないことなどがないようにするなど、ある程度は自分に厳しくすべき。それができないなら、フリーで働いたほうがいいかも。

 

また、チョークアーティストとして、madder’s worksというページを主宰しており、チョークアートの受注販売を行ってきた。

https://www.facebook.com/madders-works-284926648244714/

 

さらに、Mealinkの活動は引き続き継続し、さらに学生時代に意気投合した3人組で、「ちゃあみー」として趣味で料理教室を行っている。手づくり料理の他、フリーペーパーなどを発行している。

 

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まとめ

「治った」の定義

病気のせいで生活が左右されない。

病気のせいで、何かを諦めなくなること。

自分を縛る制限がなくなり、それに囚われなくなること。

 

正直、過食嘔吐は治すのが難しく、ある程度は我慢する努力も必要と感じた。でも、完ぺきに治そうと思わずに、もっと気楽に、自分の逃げ道の術として持っているくらいの気持ちでいいと思う。

たまにぽろっと症状が出ても、風引いて咳が出るのと一緒で、重く受け止めない。自分を責めることは解決に向かわないと思うから。

 

摂食障害は、心の病気。

自分が自分でいれる場所、逃げることのできる道を1つじゃなくて、たくさん持つこと。

たくさん自分でいられる場所を知っていれば、何か1つがダメでも、他で救われる。

 

振り返ってみて

病気になって今年でちょうど10年。

あたりまえの生活ができなくなり、当たり前の生活ができる喜びをかみしめられたのは

この病気のおかげだと思えるようになりました。

 

「克服をあきらめなくてよかった」と、

思わせてくれたこの機会に、感謝の気持ちでいっぱいです。

(自分の中で封印した記憶だったので思い出すのに苦労しましたけど!笑)

 

メッセージ

「本当の私を愛してほしい」

そのくせ、

「自分の気持ちなんて誰にもわかってもらえるはずがない」

と、病気の時に思っていたのは

私だけではないはず。

 

病気を100%理解してくれる人なんて

当事者以外には、いないかもしれない。

 

だけど、いつでもどんなときでも

「あなたのチカラに少しでもなりたい」

と思ってくれている人は必ずいます。

 

それに、気づくか気づかないかだけ。

 

もう、強がらないで

思い切って甘えてみてください。

(ここで期待ハズレでも落ち込まないこと)

 

「今日こそいつもより100kcal多く食べよう」

「明日こそ吐かないでいよう」

と、自分で決めては

何度も自分を裏切ってきました。

 

でも、それが現実で、

ダメな自分でもいいのだと思えた時

人は再び歩き出すチカラが出るのだと思います。

 

同じ日々は続きません。

かならず変われる時がきます。

 

そして、その時、

ありのままの自分を表現してください。

 

生きるきっかけは、

他者に自分を表現することから

はじまるのだと私は信じています。

 

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